※注 少々痛い描写があります







shed blood



目の前が真っ赤に染まった。


己の顔を流れる血には構わず、刀を伝う血をひゅっ、と振り散らす。
また新しい血が壁を飛んだ。
懐紙を取り出し、未だこびり付く刀の血を拭う。

「土方さん」

呼ばれた声に振り返ると、沖田が立っていた。
自分とは対照的に、ほとんど返り血を浴びていない。

「…相変わらず嫌な斬り方しやがる」
「誉め言葉ですかィ」
「あァその通りだ」
くく、と笑う沖田。
「土方さんも人が悪ィや。…顔、すげえ血ですぜ」
「…あァ」
とん、とん、と肉隗を飛び越える。
「…そろそろ終わった頃でさァ。引き上げませんかィ」
「…そうだな」

土方は血の付いた煙草を咥え、火を付けた。





『…とき』

ぐしゃ。

頭蓋骨が鈍い音を立てる。

『…んとき』

ざしゅ。

血しぶきが銀の髪を染める。

『…銀時』

びちゃ。

血溜まりの中に肉隗が飛び散る。


『…何を考えている?』


誰の声だっただろう。
ゆっくりと振り返る。

笑って。

『なァんにも考えない方が、――楽なんだろうなァ』

そう言った気がした。


そんな俺を「白夜叉」と呼んだのは、一体誰だっただろう。


銀時はゆっくりと目を開けた。
どうやらソファでうたた寝をしてしまったらしい。

―――嫌な夢見たな。


『―――…一々悲しんでちゃ、身が持たない』
『笑うよ』
『せめてもの餞に』


―――馬鹿じゃねえの。

―――ただ単純に。

―――泣けば良かったんだ。


―――だから、どっか壊れちまったんだ。


銀時は小さく笑い、
行くあてもなく外へと歩き出した。





「…全員、引き上げだ。周りの連中に気付かれねェように、バラけて屯所に帰れ」
短くそう言うと、土方はすぐに屋敷を出た。
今回は極秘の斬り込みだった。幸い屋敷は攘夷派のアジトだけあって、街の中心からは離れていた。


闇が体を包む。

静寂が体に突き刺さる。


空気が、流れた。


「――――――――…天誅ッ!!!」


がきん、という音と共に、火花が散った。
土方は突然振り下ろされた白刃を愛刀で受け止め、睨みつける。

「――どこのどいつだ、ッてのは愚問か。…俺が誰だか、分かってんだな?」
「真選組副長、その命貰い受ける」
「台詞が古ィ。――テメェは命がいらねェとみえる」
「笑止。手負いの鬼、恐るるに足らず。―――行け!」

ざざざ、と次々に刀を構えた男達が現れる。

刀を振り下ろしてきた男は離れ、距離をとった。


じりじりと囲まれながら、土方は、
己の顔にべっとりと付いている血を指差す。

「…おい、テメェら」


そして、笑った。


「こりゃァ、俺の血じゃねェよ」





数分後、


立っているのは一人だけだった。



「あーあー。派手にやりやしたね。どうすんですかィ」
いつの間にか沖田が現れていた。
しかしそちらを見ようともせず、土方は煙草に火を付け、ゆっくりと煙を吐いた。

「…今回は仕方ねェ。それよりも、だ」
「?」

「…今回の斬り込みは極秘だ。俺が出ることも漏らしてねェ。
なのにこいつらは、こうして俺を狙ってきやがった」

「…土方さん」
「沖田、山崎を呼べ」

火を付けたばかりの煙草を、踏み消した。




「副長。斬り込みの後に姿を消した奴が一人、見つかりました。…この、男です」
山崎が写真を差し出すと、土方はそれを一瞬だけ見て、目を伏せた。

「…負傷者以外の隊士数名―――できればこいつとあまり関わりの無かった奴を呼んで来い。
――――斬る」
「―――はい」
静かに答え、山崎は音も無く駆け出した。
それを見送ると、土方はゆっくりと、夜の闇へと身を任せた。




「――――見つけたぜ」




ひんやりとした金属のような声。
男はぴたり、と足を止め、

「…仕損じたか」

冷めた声を返した。

土方は、すらりと刀を抜き、確かな殺気を持って男へと向ける。


「―――士道不覚悟」


その声を合図に、白刃が舞った。





―――聞きなれた金属音が響く。

銀時は音の方へ向かった。

――…嫌な予感がする。


逸る心を抑え、角を曲がったとき。

ぴっ、と顔に何かが飛んできた。


―――ただ目の前の光景は、
全てを忘れる程、赤く、紅く、あかく。

「…土、方」

その声にぴくり、と反応し、ゆっくりと振り返る彼の顔は。


「…銀」


血と肉の中で呆然と立ち尽くし、
泣くことも狂うこともできず、今にも、泣いて、しまいそうな。


―――違う、それは、俺だ。


「…お前」

しかし再び言葉を発すると、土方はすぐに「真選組副長」の顔へと戻った。

「…すぐ、帰れ。じきに隊士が集まる。…このことは、他言無用だ」

頬を、嫌な汗が伝った。


「…なんで、お前」


―――昔の俺と同じ顔してんだ。


ざり、と一歩踏み出す。

「来るな」


―――そんな顔すんなよ。


一歩。もう一歩。

「来んなよ」


―――そんな顔するくらいなら、


「…泣けば、いいのに」


土方は目を見開いた。

そして、




…笑った。




―――ああ、

間に合わなかった。



「…そんなもん、とうに捨てた」



お前は馬鹿だよ。
捨てちまったら、鬼だか夜叉だかになるしかないのに。

俺と同じ。



―――雨が降ればいいのに、と思う。

そうすれば、涙を忘れた俺も、涙を捨てたこいつも、泣くことができるだろうから。



纏わりつく血煙を、洗い流して欲しかった。







終





友人へのサイト開設祝いに献上したものです。




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