気づかない振りを、した。


フェイク


ざあ、と風が吹いた。
桜の花びらが舞い、飛んでいく。風と共に流れて、一体どこへ行くのだろう。
そして風は煙草の紫煙も空へと運んでいく。
土方は少しだけ、笑った。

高校三年の春。

受験だ就職活動だと騒ぎ出す教室を、土方はどこか違う世界のように感じていた。

―――もう少し上を目指したらどうだ。
―――お前の能力はこんなもんじゃないだろう。
―――今ならまだ間に合うぞ。

もっと上へ上へと押し上げようとする教師たちを無表情で撥ねてきた。
どうして学校の評価のために道を捻じ曲げねばならないのか。
この喫煙現場を見せてやりたいくらいだ。


…一度だけ。
見つかったのは、一度だけだ。

―――無用心だよ?

あれから、屋上に上ったら必ず鍵をかけるようになった。
もう誰も――ここには、入ってこない。

「…は」

土方はまた笑う。
誰も入れるつもりのない自分に、笑う。

…思い出を大切にしたい、ってか?

なんて、くだらない。
くだらねェ、と呟きながらフェンスにもたれかかると、きしきしと軋んだ。

―――そんなとこまで行くと見えちまうって。

…もういい。今は、見つかってもいいんだ。

白く細い煙を長く長く吐いて。


ふ、と。

背中越しに、校舎を見る。


「―――ッ、」


目が。

合った。


どくん、と、心臓が跳ね上がる。


はやくはやくはやく。
ここから出ないと。ここから離れないと。
ここに来る前に。だれか来てしまう前に。

そう思うのに、足は棒になったように動かない。


ガン。

ガンガン。

ガンガンガンガン。


扉を、叩く、音。

嘘だ。
見つかってもいいなんて、嘘だ。

まだ駄目だ。まだ嫌だ。


まだ―――


「…あのー。教師にチクるとかそういうことする気まっったくないんで、
ここ、開けてくれませんかー」


その能天気な声に、土方の思考は一瞬すべて停止した。

「…あー。えっとー。俺一年の坂田っていうんですけど、」

声はなおも続ける。

「このあいだ煙草吸ってんの見つかっちゃって」

「次見つかったら停学とか言われたんでいい喫煙場所探してたんですけどー」

「ここ、鍵ってどっから取ってくればいいのかだけでも教えてくれませんかァー?」


その声が語る内容を理解するのに、土方は少し時間がかかった。

そして理解した次の瞬間、彼は大きく、吹き出した。

「…え、ちょ…なに?」

突然の反応に戸惑うような声に向かって、笑いながらゆっくり歩き出す。
がちゃりと鍵を開け、その扉を開いた。


そこにあったのは、銀色。


「…染めてんのか、ソレ」


呆けたような顔をしていた銀色は、にや、と笑った。

「地毛って言っても信じてくれないでしょ」

「それもそうだな」

扉を開け放したまま、またフェンスの方へ歩いていく。
後ろでばたん、と扉の閉まる音がした。

「おー、すげ。屋上って初めて来た」
「鍵、閉めとけ」
「あーはいはい。…って、アンタがそこいたら意味ないと思うんですけど」

かしゃ、とフェンスが軋む。

「…」
「…あのー?聞いてますー?」
「ここの鍵は俺が持ってる」
「…はい?」
「ここに無許可で入れんのは俺だけだ。あとは事務室で許可が必要」
「えー…と、合鍵?」
「無許可の、な」
「…結構ワルなんだ」
「作ったのは俺じゃねーよ。…貰ったんだ、これは」
「ふーん」
銀色―――坂田は、慣れた手つきで煙草を取り出し、火を灯した。

同じ銘柄の煙草の匂い。


「…俺は坂田、銀時。アンタは」

「―――土方十四郎。三年」

「そっか。…これからよろしく、センパイ」


ざあ、と風が吹いた。





どうしてあの時、扉を開けたのだろう。


空は灰色で、屋上は凍えるような寒さだった。
そういえば今日、天気予報では雪が降るなんて言われていたような気がする。
土方は指の間に煙草を挟み、かじかんだ手にはぁ、と息を吐いた。

「センパイ」

あのときからいつも、屋上には銀色が待っていた。

「…んだよ」

隣にいつもの体温。

「卒業まであとどんくらい」

隣にいつもの煙草の匂い。

「あと…一月だな」

いつの間にかそれが普通になっていた。

「…そっか」

―――けれど。


頬に。

かじかんだ指が、触れる。


唇を。

そっと、重ねられた。


―――けれど。


―――それでも消えないものが、ある。


土方は小さく、笑って。

銀時から離れ、扉を開ける。


そして立ち尽くす銀時を振り返り。


「…お前にやるよ。俺にはもう必要ねェからな」


そう言って、銀の鍵を、投げた。


ちゃりん、と音を立てて、鍵は銀時の手の中に納まった。


「…あとはお前が、やりたい奴にやればいい」

「…どーも」


最後に見た銀時の顔は、どこか、泣きそうで。


それでも、気づかない振りをして。


土方はじゃあな、と言って、扉を閉めた。



―――あの人を追いかけると、決めた。

―――もう、止まるつもりはない。



外に出ると、雪が降り始めていた。

振り返ることなく―――土方は、歩き出した。





終





出会いと別れをくりかえす。




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