笑え。


ラファー


―――そういえば梅雨に入ったのだと、空を見上げて気付いた。


空はどんよりと曇っていて、なんとなく心の中も重くなっていくような気がしてしまう。
ただそんなことばかり言っていられない。
周りはもう少しで終わってしまう青春を謳歌する少年少女で溢れかえっているのだ。
俺も例にもれずその一人。

高校二年の初夏。

円滑な人間関係のための笑顔を、惜しむことなく振りまく。
何も損することはない、ただちょっと疲れるだけだ。
付き合うのが面倒になれば約束あるからと笑うだけで済む。
教師だってそうだ、注意を受けても心の底から反省した顔と声で一言、すいませんでした。
それだけで奴らは笑顔になる。わざわざ反抗するバカがどこにいる?
火には油じゃなくて消火器、これ常識。
…まあ、大人なんだからそんな上っ面だけの顔なんてバレてると思うけど。
向こうも面倒だけど仕事だからしょうがないわけだ。そこんとこ分かってあげればいいのに。
余計な仕事さえ増やさなきゃいいんだ、要は。お互いのために。


「土方。…土方!!」

不機嫌になっていく教師の声にうわあ、と思う。どうやらあそこで寝ている奴らしい。
模試の結果なんて丸めてポイすりゃいいだけなのに。早く取り行け、うざいから。

ぴくぴくと頭の血管が浮き出た頃に、次の番号の奴が取りに行った。遅い。
いっそ切れちゃえば楽なんじゃないだろうか。銀時はそう思った。


放課後のお喋りって何の意味があるのかな、適当な話して適当な相槌打って適当に笑って。
どうしてこう適当な時間が好きなんだろうか。何か他にやることは?
って、これは自分にも聞いてみたい。…俺的に答えは「なんとなく」。

ちらと視線をとばすと、さっきの「ヒジカタ」は窓の外を見ていた。つられて俺も見る。
雨は少し弱まったようだった。


今時の男子高校生にはめずらしく黒くて変にいじってない髪、クールで格好良いと評判のお顔。
ねェアレ無愛想なだけじゃないの。女の好みってわからん。
実際俺は彼が笑った顔を見たことがない。
人間関係の潤滑剤もなしによく生活できるなァとしみじみ思う。
アレか、「自分、不器用ですから」ってやつ。
…とにもかくにも俺には「優等生」ってイメージしかない。いや、あくまで俺と比べて。

適当に相槌を打ちながらそんなことを考えていると、ヒジカタは鞄を抱えて教室を出て行った。

途端に会話がだるくなった。あとどんくらいでこの話終わるかな。
それにしてもよく教師の悪口とかでこんなに会話が続くな。
別にあいつがハゲだろーがヅラだろーが保健の先生と体育の先生が怪しかろーが俺たちには関係なくない?
適当なところで笑顔を振り撒いて帰ることにする。


かさり、と鞄の中からビニルの音がした。しわくちゃになったソフトケースの煙草。
忘れていた、どうもじめじめするから早めに吸いきろうと思っていたのだ。
湿気て吸えなくなるのは勿体無い。
かと言って学生服のまま道やらファミレスやらで吸って見つかると後が面倒。―――となると。
足は自然と屋上に向いた。

屋上には大分昔の先輩が作った合鍵があるらしい、と聞いたことがある。
それは一種の伝統みたいなモンになってて、今も誰かか持っている―――とか。
正直そんなもんに興味は無かったし、本当に有るかどうか分からないものを探すなんて無駄も良いとこだ。
―――実際、鍵がなきゃ入れないわけじゃない。
先の曲がった針金を取り出す。いやコレ馬鹿にできねーんだよ。

がちゃん。

開いた。雨が酷くなっていないことを祈りつつ、ゆっくりと扉を開けると。
そこには右手に煙草を持って喫煙にいそしんでいるヒジカタくんその人が居たのだった。

動揺を隠しつつ軽い調子であれ、先客だ、なんて言ってみる。彼の目は驚きに少し見開かれていた。
面白い。ちょっとからかってみよう。
「えーと、誰だっけ、ウチのクラスの。―――多串くん?」
多分ヒジカタくんは俺の名前なんか知らないだろうし―――
こっちが名前知ってるのに相手が自分の名前を知らないってのは何かムカつくから、適当な名前で呼んでやった。
反論してくればいい、「俺はヒジカタだ」とか。そしたら俺も名乗ってやろう。
―――が。ヒジカタは何も言わない。ただこっちを見ただけだ。
訂正されないので調子に乗ってみる。てっきり優等生かと思ったよ多串くん。
答えは無い。
ので、俺は別段気にすることなく目的を果たすために煙草を取り出した。

さて、どうする。
吸ったら無言で帰るか、別の角度から話題を振るか。
俺は後者を選ぶことにした。
「もしかして、鍵持ってんのって多串くん?」
突然聞いたので相手も驚いたのか、ああ、と返事をされた。
初めてまともに声を聞いた気がする。
「いいなー俺ひそかに狙ってたのに」
さあ話題を広げろ。期待に反して無言が返ってきた。
あーそう。コミュニケーションは取りたくないと。

やっと気付く。

ああヒジカタくんは面倒臭いんだ。

根底は俺と同じ、面倒が嫌なだけ。しかし面倒への対処の仕方はまるで違う。
俺は被害を最小限に、彼は最初から関わろうとしない。

ただ、それは、あまりにも。

「多串くんはさ」

こっちを向け、アンタが思っていることを言い当ててやるよ。
眉を寄せて顔を向けてきたので、俺は思わずに、と笑う。


「つまんなそうだね」


つまらないだろうそんな方法は。
この世は面倒なことだらけだ、そのすべてと関わろうとしなければ面白いはずが無いんだ。
しかしヒジカタは口を閉ざした。あくまでそれか。それならそれで別に良い。

…ただやっぱり、俺がつまらない。

その閉塞的な世界を壊してやらないと、俺がつまらないんだよ。


そこで俺はひとつ、考えを思いついた。「土方」は、どんな顔をするだろう。
想像して、ひとり笑みを浮かべた。






終





だからってちゅーはないだろう。




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