居場所は、ここに。
Knock - 4
“土方 十四郎”
彼の名前を知った。
―――呼ぶことはできなかった。
「―――トシ――…?」
彼は消えた。
『金ちゃん?今何時だと思ってるアル!早く店に…』
「トシが消えた」
『…え、』
「悪い、探させて」
『ちょっ、金ちゃ…』
どこにいるの。
どこへいくの。
あてもなく走り回ったって、何にもならない。
どこに?
どこへ?
君が望むものなら何でもあげる。
君が望むことなら何でもするよ。
だから、ねえ、
ここに、いてよ。
「…っ、くしょ…」
壁に手をつき、荒くなった呼吸を整えようと息を深く吸い、吐く。
汗で張りつく前髪をかき上げて、壁にもたれ、ずるずると座り込む。
「…何でだよ…ッ」
悲しくて、悔しくて、どうにもならなくて、
行き場の無いぐちゃぐちゃな感情が暴走する。
全てが憎くて、
それでも何もできない自分に強い憤りを覚えた。
「…オイ、あんた…」
視界がぼやける。
―――誰だ?
「大丈夫か?気分でも悪いのか」
―――段々と、
―――屈んでこちらを覗き込む、その顔の輪郭がはっきりしてくる。
「―――ッ!!」
金時は、息を、飲んだ。
―――近藤。
『…近藤、さん…』
―――近藤、勲。
彼の心深くにある―――「傷」。
―――子供の頃の記憶は定かではない。
親との思い出もなく、気が付けば路地裏で崩れるように眠り、幼い体を酷使して働いていた。
ただ生きるために生きていた。
幾日も、幾月も、幾年も。
―――ただ、それだけだった。
―――そして、あの日。
何があったのかはよく覚えていない。
ただ搾取された。
すべてを、今まで少しずつ積み上げてきた、
―――それは他人にとっては取るに足らないものだったかもしれないが―――
そのすべてを、ずたずたに、ばらばらに、粉々にされて、奪われた。
ボロクズのようになって連れていかれた所で、
おぼろげに聞こえる聞き慣れない単語。
薬物。研究。実験材料。処理しやすい。
『こんなのは、いくらでもいる』
―――…ああ、俺のことか。
涙は出なかった。
ただ、何故か笑いたくなった。
それから。
今までとは比べものにならない生活が始まった。
勿論、悪い意味で。
薬物を投与されて、
実験を繰り返されて。
死にたくなかった。
生きたくなかった。
考えることが何より苦痛で、
感じることが何より厭わしかった。
だから。
一筋のひかりを見たとき、
体が動いたのは無意識だった。
外へと逃げ出した。
そうして、一筋のひかりは、
眩しいくらいに大きくなって、
その暖かいひかりに、包まれた。
『名前は?』
それはとてもとても、暖かくて。
『じゃあ――トシ、だな!よし!さァ、行くか――』
涙が、零れた。
「―――そうか。生きてたのか…」
近藤は顔を歪めてそう言った。
その左のこめかみから顎にかけてに、深い傷が走っている。
「…その傷、」
「ん、ああ…。――アンタ、どこまで知ってるんだ?」
「…あいつのことなら、大体のところは…」
色々と顔の広い神楽に――彼のことを調べてもらったのだ。――大分、苦労していたようだが。
結果をまとめた書類を渡してきたときの神楽の顔が思い出される。
…辛そうに目を伏せていた。――無理もない。
それは――、あまりにも――惨すぎた。
「…そうか」
それだけ言って、近藤は少し黙った。
金時もそれ以上は聞こうとしなかったが、意に反して近藤は再び口を開いた。
「――…そうだ。これは―――…トシがやった」
彼の傷は、膿んで広がったままだ。
―――頭が真っ白になった。
ずきずきと響く痛みは途切れる事無く、心と体を苛んでいて、
それが限界に達したとき、だった。
「壊せ」
「殺せ」
その言葉だけが、頭の中を支配していった。
そして、あかく、
倒れていく、あの人の、
「―――ト、…シ」
その声は―――やさしくて、
―――ああ、
―――なんてことを、
―――おれは。
壊して、しまった。
『―――ようやく、見つけた』
『―――被験体の分際で、手を煩わせやがって』
結局――俺は、どこにも行けない。
光はもう、なくなってしまった。
…俺はトシを、救えるだろうか。
……救う?
「何だよ、それ…」
「…どうした?」
俯いた金時を心配そうに見やる近藤の問いには答えず、金時は立ち上がった。
――同情じゃない。哀れみじゃない。
ただ、
「…一緒に、いたい」
それだけだ。
その横顔に何かを感じ取ったのか、近藤は嬉しそうに笑った。
「幸せにしてやってくれ」
その言葉はどこか可笑しくて、
二人は少しだけ、声を立てて笑った。
―――死を、
死を、選ぶべきだった。
幸せになんかなれなくてもいい。
誰かを、傷つけるくらいなら。
いなくなるべきだった。
…また、温もりに触れることが――、その温もりから離れることが――、
こんなにも、
辛い。
「トシ」
―――どうして、
俺を呼ぶ、声が。
「帰ろう」
―――帰るところなんて、もう、
ないはずなのに。
「ここにいて」
ぎゅっ、と、
抱き締めてきた、
その腕は、
あたたかくて。
生きていたいと、そう、強く強く思った。
「…もしもし?」
『金ちゃん!トシちゃんは!見つかったアルか!?』
「あ、見つかった見つかった。気が抜けたみたいで、今寝てる」
『そう!良かったアル。じゃあ起きたら話してあげて欲しいことがあるヨ』
「何?」
『あの研究所とかいうふざけたとこ、潰しといたヨ』
「…え」
『パピーに頼んで』
「えええ!あんなに仲悪かったっつーか嫌ってたのに!」
『…今回はさすがにネ。トシちゃんのためヨ。あんなとこ残しといたら、また…』
「…そっか。おっさんにも感謝しないとな」
『パピーはもういいアル!すぐ調子にのるんだから』
「ははっ!」
『じゃ、早く帰ってきてネ。待ってるから。馴染みの子が』
「俺今日休みって言っといて」
『…金ちゃぁん?』
「直で家帰るからさ。じゃな」
『ちょっ、…もう!』
―――それから数ヶ月。
「…あ〜飲んだ飲んだァ。今日は一段と飲んだァ〜」
「飲んだのは分かったからちゃんと歩いて下さい。転びますよ」
「とっしー冷てェー。運んでよ車までェ」
「自分で歩いてください」
「…トシィ?」
「…何ですか」
「大好きー」
「…はいはい」
「あいちてるー」
「…はいはい」
「冷てェー」
「…どうすりゃいいんですか」
「愛とかください」
「とかってなんですか」
「じゃあ愛ください」
「…酔ってるでしょう」
「酔ってるけど酔ってませんー」
「どっちですか」
「…おやすむぃ」
「ちょっと!!」
酒と香水の匂いに包まれた男を支えながら。
土方は「何でこうなったんだっけ」と思い返していた。
終
微妙な終わりですんません…
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