今はただ、あるがままに。


Knock - 3


かしん、かしん、かしん、かしん。


シェーカーの音が、静まり返る店内に響く。


かしん、かしん、かしん、かしん。


「はい、ゆっくり止めて」

…かしん。

「あ、生クリーム入ってるからあと五回」

かしん、かしん、かしん、かしん、かしん。

「注いで、ナツメグかけてー。はーいアレキサンダーできあがりー」
「…あの」
「このベースをブランデーからジンにするとプリンセス・メリー、ウォッカにするとバーバラね」
「…」
素直にメモを取り出す。ホストのくせにどうしてカクテルの作り方まで知っているのだろうか、この男は。
「生クリーム入れるやつは良く混ぜてね」
「…」
かりかりかり。きちんとメモをしてからは、と我に返る。
「…て、そうじゃなく、て」
「飲んでいいかな」
にっこり。有無を言わさぬ笑顔と言葉―――これが営業スマイルというやつか。
「…どうぞ」
俺これ甘くて好き、と言いながら金時は出来上がったカクテルを飲み始める。
教えられているものの殆どが甘いテイストだとそのとき初めて気付いた。

「じゃあ次はベルモット・カシス。これはシェイクなし、ステアだけね」
バースプーン用意して、と言ってもう一口含む。
「…よく飲めますね、そんなに」
「飲めないとやってらんないからねー」
くっくっ、と笑う。しかしその笑い方は確かに酔っていた。
「もう止めた方が、」
「あと一杯」
にっこり、と笑われると何も言えなくなる。ふう、と短く息を吐いて、ミキシンググラスとバースプーンを出した。


男が金時に拾われて約二週間が経った。
目下、バーテン修行中。



―――一週間ほど前。

「勿体無いアル」

バーテンの制服に身を包んだ男を見て、心底勿体無さそうに言ったのはオーナーの神楽だ。
「その顔なら十分稼げるのに…」
「本人が向いてないって言ってるんだからさあ」
「金ちゃんは黙ってて」
ぎっとひと睨みされてはいすいません―――と引き下がる。
男――トシはそんな俺を同じように睨む。
そんな睨まれても。オーナーには逆らわないのが常識でしょ?
「ねェ、トシ、ちゃん?ちょっとでもやってみれば気が変わるかもヨ?稼ぎも全然違うヨ?」
「…いや、あの」
と、今度はトシの目が助けを求めるような目に変わる。―――くそ、反則。
金時は一つ溜息を吐いて口を開いた。
「…な、勘弁してやってよ。トシだって俺には言えてもお前相手じゃ強くは言えないんだからさ」

実際彼は俺にだって本当に強く拒絶は出来ないのだ―――立場的に。

それでも神楽はしばらく渋っていたが、結局は立っているだけでも看板になると自分を納得させたようで、
最後には笑顔で「頑張ってネ」と彼の頭を撫でた。

神楽は、トシについて詳しいことは何も聞こうとしなかった。
「なんかあったら責任は金ちゃんに取ってもらうからいいアル」
笑いながら口ではそんなことを言っていたが、この街で身分のはっきりしない人間を雇うのは危険が大きい。
それは分かっているはずなのに、神楽は何も聞かなかった。
うん、相変わらずいい女だ。

本当に何かあったら迷わず切り捨てられるとは思うが――ま、その時はその時だ。



「うん、うまい」
言いながら本当にグラスを空にしたので、その顔をまじまじと見てしまう。
相当酔っているはずなのに、顔色は殆ど変わらない。
こういうのもホストの条件なんだろうか。感心しながらグラスを片付け始める。
「―――なあ」
「何ですか」

「ここにずっと居る気は、無いの」

ぴたり、と手を止める。
ゆっくりと視線を移すと、その目はじっとこっちを見つめていた。

―――そんなこと。

「今すぐにでも出て行きたいって感じだよ」
はっきりと言われ、目を見開く。まさか。
視線をゆっくりと下降させ、搾り出すように言葉を紡ぐ。
「―――ここが、嫌なわけじゃ、」
「だろうね。分かってる。嫌ならそんなに隠そうとしないで露骨に態度示してるだろうし」
対照的に、畳み掛けるような言い方に、何の言葉も返せなくなる。

「…じゃあなんで?」

探るような、眼。

―――それでも答えるわけにはいかない。


「感謝、してるから―――迷惑は、かけられない」


俯いたままそう言うのが精一杯だった。
金時は小さく息を吐いた後、「帰ろっか」と言ってまたにっこりと笑った。






―――トシ。

大変だったな。

もう大丈夫だ。

ずっと、

ここにいていい。



「…ん、どう、さん…」



―――ずきん。

「痛…」

―――ずきん。

駄目だったんだ。

―――ずきん。

あそこに居ちゃ、駄目だったんだ。

―――ずきん。

「う…、い…って…」

あたまが、いたい。


意識が朦朧としていく。




「トシ」




―――あ、

うっすらと、目を、開けた前に、


「…近藤、さん…」





うなされている彼が呟いたのは、俺の名前じゃなかった。






暗い部屋の中、携帯を操って、耳にあてる。
何コールかあとに、相手は出た。


「…神楽」

『なァに?金ちゃん。こんな時間に』

「悪い。ちょっとさ」

『?』



「…調べてもらいたいんだけど」



俺は、どこかで感じていた予想が外れていて欲しいと願っていた。



悪い予感は、悪い意味で、裏切られることはないものなのに。





終





続く。




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