ねえ、君は誰?
Knock - 2
―――最後に、確かに見たのは、
―――きれいな、金色だった気がする。
「――ッ!!」
がばり、と飛び起きる。
衝撃で体のあちこちがきしきしと痛み、顔を顰めた。
「…?」
そこで目に入ったのは、白い包帯と、シーツ。
辺りを見回せば、小奇麗な寝室。
「どういうことだ…」
あそこから逃げ出せたのか、…また捕まったのか、それすらも分からない。
ただ、あいつらはわざわざ捕まえた奴の治療なんかするとは思えない。
じゃあ、ここは?
部屋を見回し、そっとベッドを降りる。
痛みは走るが、構っていられない。生死に関わる。
恐る恐る寝室から顔を出す。人の気配は、ない。ほっと息を吐く。
「…普通の部屋、だな」
呟いた、
刹那。
―――――ずきん。
「――う、っ」
――――ずきん。
「…あ、っ…あ」
―――ずきん。
「い…―――っ!」
――ずきずきずきずきずきずきずきずきずきずきずきずきずきずきずき
「うああああああああああっっっっっっ!!!!」
―――逃げられない。
逃げられるわけ、ない。
気ばかりが急いて、仕事に身が入らなかった。
馴染みの女のコに「誰の事考えてるの?」なんて言われてしまった。
やばいなあ、コレ。
金時はがち、とキーを回す。
ほっとする。まだ、居る。
…や、これは、その。
意外と怪我が酷かったんで出て行ったらまず大変だと思ってるからで。
別になんてこともない。決して。そうだよ人として当然の心配だろ。
「…俺、何で言い訳みたいなこと考えてんの…」
がしがしと頭を掻いて、靴を脱ぐ。
ふっと視線を上げたその時、ざぁっと血の気が引いた。
黒髪の男が、床に倒れていた。
すぐに走り寄り、体を起こさせる。呼吸はしているが、酷く弱い。
「ッおい!…おい!!」
べちべち、と強めに頬を叩くと、小さくうめく声がした。抱え上げベッドまで運ぶ。
急いでキッチンに向かいコップに水を注いで、零れるのも構わず走ってベッドルームに戻る。
飲ませようとしても、うまくいかずに口の端から流れてしまう。
「…っ」
金時はぐい、と水を口に含み、
躊躇わずその唇を重ねた。
こくりこくりと小さく咽が動き、含ませた水を嚥下していく。
すー、と、深い息が聞こえた時点で、金時はへなへなとへたり込んだ。
――本当に、厄介なものを拾ってしまった。
「…あーもう…」
やめやめ。
そう呟いて、金時は同じベッドに潜り込んだ。
―――ああ、ほらやっぱり。
―――金色だ。
「おはようございまーす」
「…お…?」
はようございます…?と、きょとんとした顔で答えられ、金時は腹を抱えて笑い出した。
金時の笑いが収まった頃、二人は居間のソファに腰掛けた。
「俺は金時ね。坂田金時。女の子に愛と夢をあげるのがお仕事でーす」
「…はぁ」
「あのね、いまのね、笑うかツッこむところ」
「…はぁ」
「まぁいいや、あのさ、えーと、…そうだ、名前。君の名前、教えて?」
黒髪の男は言葉を選んでいるようだった。
「…いや、あの…」
「ん?」
「何で、俺…」
「説明するよ。だからさ、名前教えて欲しいなぁ」
ね?と金時はにっこり笑う。
う、と男は言葉に詰まる。
―――やっぱ、訳あり、つーわけかな…
「…俺とは、…関わらない方が、いい」
痛みを堪えるような、顔だった。
―――そんな顔。
「似合わないなあ…」
ぽつり、と出た言葉に、自分で驚いた。
「…え?」
「や、いや、何でもない!」
慌ててぶんぶんと手を振る。なんだなんだ、何考えてんだ。
「…?」
「あ、あの、じゃあさぁ、何て呼べばいいかだけ、教えて?あだ名でも、偽名でも、何でもいいからさ!」
―――あれ、何で俺、こんなに必死になってんの。
男は困った様に眉を寄せて。
しばらく黙り込んだ後。
「…トシ」
寂しそうな顔で、小さくそう言った。
―――そう、いっぱいの笑顔で呼んでくれたひとは、
―――もう、会えないんだ。
「…そんで、ここに連れて来たわけなんだけど」
「…覚えてない…」
「ま、鬼気迫るなんとやらだったからねえ」
すっげえ強かったよ、鉄パイプはないだろと思ったけどね―――と茶化すように金時は言ったが、
「トシ」は深刻な顔のまま考え込んだ。
「…どした?」
「―――いや…」
なんでもない、と首を振る。
金時もそれ以上は追及しようとはしなかった。
「…あー…でさ。トシはこれから…どうするの、かな」
「…迷惑は…かけない。助けてもらって…感謝、してる。すぐ…出て行く」
「行くあてとか、あんの?」
「…関係、ないだろ?俺はすぐ」
「普通の人間なら心配するところだと思うなあ」
「…『ここ』の人間だったら…こんなことに好き好んで関わろうとはしない…だろう?」
―――これは『やばい』って、十分わかっているはずだ。
そう、目が言っていた。
なんでこんな、
むかつくのかな。
「――今ね、俺困ってんだ」
「――は…?」
唐突な言葉に、トシは困惑した表情を浮かべた。
「免許持ってる?」
「…も、…ってる、けど…」
「俺ね、商売柄酒飲むからね、免許はあるんだけど車乗れないんだよ」
「…はぁ」
「今の仕事場ね、こっから結構離れててさ。でも俺いっしょーけんめー歩いて行ってるわけ」
「…タクシーは」
「一々呼ぶのめんどいんだよー」
「…」
なんつー理由だ。
「因みにその仕事場、今お顔の整ったバイトさん大募集中なんだぁ」
―――何で、
―――何でこんなに、
―――…顔が、近いんだろう。
警報が、最大音量で鳴り響いていた。
終
続く。
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