つつみこまれる、
あいのことば
愛なんてそんな不確定でとりとめもないもの、を。
言葉で表して欲しいなんて思ってもいないし、
伝えたいなんて露ほども思わない。
そもそもそんなものがこの世に存在するのか、
するとしてもこの関係にそんなものがあるのか。
甚だ疑問だ、と土方は遠くなる意識のなかでぼんやりと考えた。
「…ん、」
目が覚めてしばらくは意識がはっきりしない。
ただ目に映るものを認識するだけで、状況の理解が追い付かない。
天井、棚、テレビ、鏡、布団、隣に寝ている男。
疲れてるな―――と、思う。
ここはどこだ。
ラブホだ。
なんでここにいるのか。
連れ込まれた―――んじゃなかったか?誘ったのか?駄目だ。忘れた。
隣に寝ている男、は。
―――うん、万事屋、だな。
今何時だ?
まだ日は昇りきっていない。
今日の仕事、は?
書類はまだ残っていただろうか?
近藤さんの予定は。
山崎の報告と―――総悟の始末書を、片付けて、
するり、といつの間にか刻まれていたらしい眉間の皺を撫でられる。
「…はよ」
「…あー」
一瞬、思考が停止した。
まだ眠そうな目の銀時が、気だるそうにこちらを見ている。
違う。えーと、
今日は。何を。
「…なんでもー起きてんの?」
休みっつってたじゃん、と欠伸を噛み殺しながら聞いてくる。
「…やすみ?」
「って、きのう、言ってたじゃん」
今日は。今日は?
土方は混乱しつつある頭を抱える。
ああ、なんだか、とても、眠い。
「…眠い」
知らず、口に出していた。体はぴくりとも動かない。
銀時はもう一度欠伸をする。
「だから…もうちょい、寝てろ、って」
そう言いながら、ごそごそと体を寄せてくる。
そうして、さむい、と呟いて土方を抱き込んだ。
土方は特に反論も思いつかず、
そのまま重い目蓋をもう一度閉じた。
(―――まァた怪我したの?)
「…んな頻繁にしてねェ」
「してんじゃん」
銀時は笑いながら、じんわりと血の滲んだ土方の左腕の包帯を撫でる。
ちくり、と痛みが走るが気にしない振りをした。
―――訪ねて行った万事屋の玄関先でいきなり抱きしめられ、
銀髪の男は土方の首筋に顔を埋めたまま微動だにしなくなった。
互いの心音が響きわたってしまいそうなほど薄暗い静寂の中で、先に動いて口を開いたのは銀時だった。
それに土方はこっそりと安堵し、いつものように捻くれた答えを返すのだ。
あいたかったよただいま、なんて土方は言わないし、
いきててよかったおかえり、なんて銀時は言わない。
ただ土方はすぐに銀時のもとへいけばいいし、
銀時は黙って土方の鼓動を確かめるだけでいい。
「―――とりあえず、一旦戻る。書類何枚か残してきた」
「いきなり来といてそれですか…一体何しに来たんだコノヤロー」
形だけ不満そうに零されたそれは、嘘だ。文句を言う口とは対照的に目は笑っている。
…見透かして、いるくせに。
「…また来るまで待ってろ。飲み行くぞ。寝てたら斬り捨てる」
「怖!」
お前どこの女王様!?とかぶりぶり言う男に背を向け、土方は煙草を吹かしながら万事屋をあとにした。
(―――恐れてはならない)
赤と黒の世界を。
死体と人殺しの世界を。
血と白銀の世界を。
「報告します!標的はすべて確認。六人のうち二人を捕縛、四人の死亡を確認してあります。
その他、生存者はいません。こちらには負傷者六人、いずれも軽傷です」
山崎の声を頭の奥に響かせながら、脳は自動的に言葉を紡ぐ。
「…よし。簡単に後始末して帰営すんぞ。帰ったら負傷者の手当が終わり次第、今日の突入隊は明後日まで非番。
お前は先に帰って俺の部屋に書類用意しとけ、そしたら上がって明日の午後まで休んだらそのまま次のとこ調べろ」
一息に言い終わったところで、自然な動作で煙草を咥え、火を点ける。
山崎は一度脳内で言われたことをずらりと並べた後、小さく頷いた。
土方はくるりと背を向け、歩きだす。
苦い紫煙に包まれて、日常の世界に、戻っていく。
そんな背中に山崎は声をかけた。
「…あ、副長」
「何だ」
「負傷者、計七人に訂正します」
山崎の言葉に、土方はすう、と眉を寄せる。
「…余計なこたァいい。早く行け」
「はいよっ。帰ったらちゃんと処置してもらってくださいね?」
(―――るよ)
土方はそれを空耳だと思い込むことにした。
振り向くことはない。
振り向いてしまったらきっと、
何かを、迷ってしまう、から。
その言葉に、そんな意図は一ミリも含んでいなかったとしても。
土方を迷わせることは、銀時の本意ではないだろうから。
土方は振り向かなかった。
去りゆく背に。
銀時は呟く。
決して届いてしまわないように、小さく小さく、呟く。
「―――待ってるよ」
あいしているよ、なんて、いわないけれど。
終
愛だの恋だのくだらねえ!とか言ってればいい。
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