それは何よりも美しく透明な。
ティアーズ
最近、目から透明な雫が落ちてくることがある。
心臓が痛くて痛くてたまらないとき、それは静かに静かに零れ出る。
とめどなく流れるそれはとても煩わしい。
―――…本当は分かってるんだろ―――?
わからない。
―――それが何なのか―――
わからない。
土方は消え入りそうな月を見上げた。
「副長、お疲れ様です。これで全部ですよ」
山崎が机で書類の束を揃えながら言った。土方は煙草を灰皿に押し付けた。
「―――期限が先のやつでもいい。持ってこい」
「…今のところもう二週間分は終わってます」
「緊急で何が起こるか分かんねェんだ。今ある分はやっとくに越したことねェ」
「駄目です。…そういうことはもっと、」
山崎は言葉を詰まらせた。土方はそんな山崎を睨みつける。
「…もっと何だ」
「…余裕のある時にやるべきです。徹夜してまでやるものじゃありません」
―――ちゃんと寝てくださいね―――と付け足し、山崎は静かに部屋を出た。
足音が遠くなっていき、土方はどさりと崩れ落ちるように布団の上に寝転んだ。
真っ暗な部屋の中に月の光がぼんやりと差し込んでくる。
「…山崎に窘められるとはな」
目を閉じてくく、と笑う。
―――つう。
水が、流れ落ちる感覚。
「…ッち…」
舌を打ち、すい、と目尻から落ちた水滴を掬い取る。
まただ。
水滴は止め処無く溢れてくる。
鬱陶しい。
いっそからだじゅうの水分がすべてひからびてしまえばいいのに。
そうすればこんな水を流すことも、
血を流すことも、なくなる。
そんな自分を想像して、土方はひとり、くつくつと笑った。
闇が濃くなる。
どんよりと湿った空気に、ぞわぞわと体を蝕まれる。
―――いたい、いたいいたいいたいいたい。
小さな少年がそこに居る。
痛い痛いと繰り返しながら泣きつづける少年が。
「泣くなよ」
―――だっていたいんだ、こんなにこんなにいたい。
「それでも泣くな」
―――どうして。どうして。いやだいたいいたいいたいいたい。
「煩い泣くな」
―――どうして。どうして泣いちゃいけないんだ。
「…泣い、たら、」
―――どうしてアンタは泣かないんだ。
「…俺は」
―――アンタはそうやって強がって泣くことを止めた。
―――だからおれはアンタの分まで泣かなくちゃならないんだ。
―――でももう、おれだけじゃもう、
―――もう無理だよ。
―――どうして嫌なことを嫌だと言わない?
―――どうして好きなのに好きと言わない?
―――どうして泣きたいのに泣こうとしない?
―――どうして痛みを忘れようとする?
―――どうして感情を殺そうとする?
―――どうして前だけを見ようとする?
―――…もう無理だよ。
―――なあ、痛いって言って泣いて叫んで助けを呼べよ。
―――あいつに。
「―――!!!」
か、と目を見開く。
―――今のは。
「…ゆ、め」
夢だ。そうだ。ただの夢。それでいい。
だから、
「…止まれ」
一筋、また一筋。止まらない。
「…止まれよ」
ぱたぱたぱた、と流れ落ちる。
「…なんで…」
そのとき、ぱん、と突然障子が開いた。
「――おじゃまし―――」
そこには「あ」の口を開いたままの銀時が立っていた。
土方は驚愕し、呆然とそれを見る。
「…なに、泣いてんの」
土方は答えられない。その言葉を理解できない。
泣く、とは何だ。
この目から流れる、これは、ただの、
痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い。
銀時がゆっくりと近づいてくる。
痛みが酷くなる。
「――来る、な」
ようやくそれだけを搾り出す。
声が震えていないことに、少しだけほっとする。
銀時はぴたり、と足を止めた。
「何で、泣いて」
「泣いてない」
「だって、それ」
「黙れ近づくな」
痛みが酷くなるんだ。
「…何で」
ああ、煩わしい。
どうして止まらない。
涙なんかじゃないのに。
「ひじかた」
痛い、いたい、いたい。
泣いてない。
好きじゃない。
痛くない。
何も感じない。
助けて欲しくなんか、ない。
「…帰れ」
「…何で…」
「帰れッ!!」
踏み込んでくるな。
こころなんて、いらないから。
「何も、要らない…!!」
だから何も与えないで。弱くなりたくない、から。
涙を流しつづける土方に、銀時は、静かに、口を開いた。
「全部あげるよ」
土方は目を見開いた。
「お前が欲しいもの、全部あげる」
涙が、
「だから泣くなよ」
何で。
「…泣いてねェ…つってんだろ…」
銀時はまたゆっくりと土方に歩み寄る。
ぺたり、と両手で濡れた顔を包み込み、
「ん。止まったな」
と言って、笑った。
―――なんだかとても悔しい気がした。
終
なにこの痒さ…
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