痛いの痛いの飛んでいけ。


やさしさひとしずく


「土方さん、旦那となんかあったんですかィ?」
唐突に沖田はそう言った。
しかし、土方には何の反応も無い。
「聞いてますかィ?」
「…聞いてる」
ぼそぼそと言って、煙草の灰を落とす。
どこか覇気のない土方の様子に、沖田は大きく溜息を吐いた。
「図星ですかィ」
「違う」
その一言がひどくはっきりと響き、部屋の中は静寂が流れた。

「…来ませんねィ、旦那」

ぽつりと呟かれた言葉に、土方は不覚にも涙腺が弛みそうになった。
「…見回り行ってくる」
そう言って立ち上がり、上着を羽織る。
「…いってらっせェ」
沖田は土方に与えたダメージが意外に大きかったのに驚き、それ以上は何も言わなかった。



「…」
ゆっくりと歩きながら煙草の煙を吐き出す。
―――畜生。
心の中で毒づき、フィルターを噛む。
―――何だってんだ。
三日と空けて会わなかった日はない。
見回りの日は言わずもがな、挙げ句には屯所にも顔を出し、非番の日をどこからか嗅ぎつけ、遊びに行こうと駄々を捏ねる。
ほぼ毎日、毎日、毎日。

―――だから、違和感がある、だけ。

「…何でもねェんだよッ…!」
声を押し殺し、叫んだ。
ぐらり、と世界が揺れる。

―――倒れる?

「―――定春ッ!」

聞き覚えのある声。
同時に、もふっとした感触のものに倒れこんだ。

―――ああ、そう言えば。

最近寝た記憶がねェな、と、土方は他人事のように考え、そのまま意識を飛ばした。


―――――ぴちゃん。

額に、ひんやり…というかぐっしょりとした感覚。

「…神楽ちゃん、ソレもうちょっと絞らないと」

続いてまたもや聞き覚えのある声。
土方はぼんやりした思考のまま、ゆっくりと目を開けた。

「オーグシ!」
「…あ、気が付きました?」

視界に入ったのは、心配そうな顔をした神楽と新八。

「…お前ら…?」
額にのっているタオルを取りながら、土方は身を起こす。
途端、くらりと視界が揺れた。
「わわっ…無理しちゃ駄目ですって!」
新八が慌てて支えようとするが、土方は緩く首を振り、寝かされていたソファに座りなおした。
「…いきなり倒れるからびっくりしたヨ。…大丈夫アルか?」
神楽が心配そうに土方の顔を覗き込む。
その頭をくしゃっと撫で、土方は「悪かったな」と小さく言った。

「…やっぱりお仕事大変なんですか?」
コト、と新八がテーブルに水の入ったコップを置きながら尋ねる。
「…いや、…そうでもねェよ」
言葉に詰まる。
まさか、銀時と会ってないから調子が狂った、などと新八は微塵も思っていないだろう。
―――俺だって認めたくねェ。
「気を付けて下さいね、怪我なんかしたらもっと大変なんですから…」
はぁ、と溜息をつく新八に、土方は少し違和感を感じた。
「…何かあったのか?」
土方がそう言ったのと同時に。

「…帰ったぜー」
「おじゃまするよー」

声が響いた。
聞き慣れた声と、どこかで聞いたような声。
「おかえりなさーい」
「おかえりアルー」
ごつ、ごつ、という妙な足音。

―――この音…?
何だ?と土方が首を傾げたそのとき。

「――ッ、土方ァ!?」

心底驚いた銀時の声があがった。
しかし土方も驚いていた。
銀時の左足は真っ白なギプスで固定され。
その手には紛うことなく立派な松葉杖が握られていたのだ。

「えっ、ちょっ、何で?何で居るの?」
「どーしたの銀さん」
うろたえる銀時の後ろから、グラサンのオッサンが顔を出した。
―――あれは確か、長谷川、だったか。
面識は無いが、入国管理局の人間だと記憶していた――いや、クビになったとも聞いた。
「…見ての通りなんですよ土方さん」
呆れたような新八の言葉が、先程の土方の問いに対する答えだと認識するのに少し時間がかかった。
「…なにやってんだよお前…」
驚きを隠せないまま発された土方の言葉に、銀時はばつが悪そうに笑った。



屋根からおっこっただけなんだけどさー俺もう歳なのかなー骨にヒビだよ。
身動きとれないし仕事できないし土方に会いに行こうとすると止められるしもー散々。

「あ、銀さん、俺もう帰るよ」
「おうまたよろしく」
どうやら長谷川は病院までのアッシー(死語)だったようだ。
がらがら、と玄関が閉まり、その場は一瞬だけ静寂に包まれた。

銀時が口を開く。

「…で、土方は、何しに来てくれたの?」

―――俺に会いに?
そんな言葉が続きそうな顔だった。
土方は何か言おうとしたが、
「何言ってるんですか銀さん!土方さん町中で倒れて、神楽ちゃんが定春にのっけて運んできたんですよ!」
それよりも新八が早かった。
「や、それはもう何ともな…」
「倒れた!?」
一瞬で銀時の顔色が変わった。
「いや、だから、」
「何!どしたの!」
銀時はテーブルの上に身を乗り出し、ぺたぺたと土方の顔を確かめるようになぞりだす。
土方は仄かに顔を赤く染め、その手を払った。
「べたべた触んなッ!いいんだよそれは!」
「よくねェよ馬鹿!また無理したんだろ!」
「だからもう何ともねェっつってんだろうが!」
「嘘つけ!微妙に痩せてんぞ!手触りが」
「なっ…、てめ、死にさらせこのストーカーがッ!」
「誰がストーカーだコラァ!ゴリラじゃあるまいし」
「近藤さんのことゴリラって呼ぶなっつってんだろうがァ!」
「ストーカーは認めるんですか土方さん!…じゃなくて二人とも落ち着いて下さいよ!」
勿論ツッコミは忘れず、新八が二人を諫める。ほっておくとすぐこれだ。
新八に諫められ、土方はがしがしと頭を掻いた。
やはりどうも調子が狂う。…出なおした方が良さそうだ。そう思って、立ち上がる。
「…邪魔したな。…帰る」
「え!」
銀時が驚いたような声をあげたので、土方は眉をひそめた。
「…何だよ」
「え、いや、だって、…大丈夫、なの」
「…しつけえ」
「だっておまえ、」
「…だから、もともと何でもねえんだよッ!」
思わず声を荒げてしまう。銀時は目を丸くし、拗ねたように声を落とした。

「…何だよ、俺は…お前の心配もしちゃいけないわけ?」

目の奥がかっとなる。

心配だ?

「…ッさせてたのはどこのどいつだよ、このボケが!」

気が付くと大声で叫んでいた。

部屋の中がしん、となる。

「…へ?」

静寂を破ったのは、銀時のすっ頓狂な声だった。

その顔は真っ赤だ。

「…な、」
「…心配、してたの、…俺のこと」
「…ッ!」
しまった、という表情になるとともに、土方の顔も真っ赤に染まる。

恐ろしく桃色の空気にあてられた新八と神楽はそそくさと退散した。

「…あの」
恐る恐る声をかけると、ぎっ、と睨まれる。
真っ赤な顔ではいつもの半分も凄味がないが。
「…連絡しなくて、ごめん、ね」
「…別に、一々俺に連絡することねェだろ」
「拗ねないでよ」
「拗ねてねェ!」
「…会いたかった?」
「…ッ!」
更に真っ赤になる。
「俺はすごく、会いたかったよ」

動かないこの足が煩わしくて。

「…心配してくれて、ありがと」
「…別に」
「でも俺も、心配だからさ?」
「…」
「土方にも、無理して欲しくないんだ」
「…わかってる」
照れているのかぶっきらぼうな言いように、銀時は笑みをこぼす。

ああ好きだなあ、と思った。

そのやさしさのひとしずく。











(おまけ)

がつ、がつ、がつ、がつ。
不恰好な足音が、真選組屯所に近づいていく。

ぴた、と三本の足を止め、目一杯息を吸い込むと。

「―――土方ー!!ひーじかたー!!」

思いっきり叫んだ。

すぐにひゅばっ、と高速で黒い塊が飛び出してきた。
「てんめェェええええ!!お・と・な・し・く・し・て・ろっつったろうがァッ!!」
「えーだって土方のこと心配だしー。土方も俺の心配しなくてすむっしょ?」
ね?と笑う銀時に、土方は真っ赤な顔で掴みかかる。
「あっ、アホかおまえはァァ!!」
「なぁに可愛い顔してんの。ちゅーすんぞコノヤロー」
「ん、なっ…」

「ちょいとお二人さん。前から言いたかったことがあるんですけどねィ」

またもや桃色の空気を醸し出し始めた二人は同時に声のした方を向き、
さぁっ、と真っ青になった。

そこには、

バズーカを構えた沖田が笑っていた。

「TPOを弁えてくだせェ」

どごーん。

そして、当然の如く、ぶっ放した。

『うおおおおおおおおおァァァ!!??』

容赦なく放たれたそれから逃れようとするが、銀時はいつものように足が動かない。
まずい、と思った刹那、ぐっと体を引かれる。
それに逆らわず体を傾けると、どさっと倒れこんだ。すぐ横で爆発が起きる。

「あ、ぶねェー…」
「…オイ、てめッ総悟ォォォォ!!!!」
「ちっ、相変わらずしぶてェお人だ」
沖田はそう吐き捨て、そそくさと走り去っていった。
「コラ、待てやァァ!!」
それを追おうとするが、土方の上には銀時が倒れこんでいる。
「早くどけっ」
「ちょ、無理言うなって」
ごろん、と体を回して地面に寝転がる。
土方は沖田を追うのを諦め、起き上がってパンパンと砂をはたいた。

「…あ」

不意に土方が声を上げた。
「何?」
銀時は地面に座ったままその視線の先を追う。

「…あ」

――そこには無残な松葉杖の残骸が転がっていた。

「…ちょっとどーしてくれんですか」
「…えーと」

にっこりと笑って、手を差し出す銀時。
あからさまに嫌な顔をする土方。

「肩貸すのが礼儀ってもんだろ?俺、怪我人よ?」

ついでに万事屋まで送ってもらおうかなー。

そう言ってにやにやと笑う銀時の手を取り、仏頂面で肩にまわす。


ちゅ。


「…んなっ、な、何しやがるテメェェェッッッ!!!!」
「ちゅー」
「殺すっ…!!!」
「俺怪我人」
「…っ…!!」

土方は真っ赤な顔をしてそっぽを向いた。
銀時はそれをみてまた笑った。


――そうやっておとなしくなっちまうから、

俺を調子に乗せちゃうんだよ。






終





かゆい…




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