まるで、そばにいるような。
vanilla
それはうららかな空の青が眩しいくらいの午後。
万事屋に響いたのは銀時の声。
「出張ォ〜?二週間もぉ?」
「…うるせえな、しょうがねェだろ」
ぴしゃりと言い放った土方に、銀時は恨みがましい眼を向けた。
「…多串くんは寂しくないわけ」
「あ?」
「銀さんと会えなくなって寂しくないんですかぁー」
「アホか」
「うわっ何その反応、ひどッ。アタシと仕事どっちが大事なのッ!?」
「そーゆーこと言う彼女は嫌われんぞ。じゃあな」
立ち去ろうとした土方の腕を、銀時が掴んだ。
「ちょっ、ちょっ、ちょっと待とうよ。その出張って、いつから」
「…明日」
「今日は、休み?」
「…出張の準備」
「は、終わってるよね?」
土方は目を逸らして、片手で煙草を咥えた。もう片方の手は掴まれたままだ。
その手に、ぐ、と力がこもる。
「…二週間じゃ、消えちゃうかな」
火の付いていない煙草が、取り去られた。
「ッは…、テ、メェ、しつっ…けえんだよ!」
執拗に痕を付け続ける銀時の髪を、土方は抵抗するように引っ張った。
「いたいいたい。いいじゃん、見えるトコにはつけないように気ィつけてんだから…」
言いながら、鎖骨をぺろりと舐める。土方はびくりと震えた。
「ッ、やるなら、さっさとしろ、よ」
「やーだよ」
「…て、め」
心臓の上の辺りを強く吸いながら、髪を掴む土方の手に指を絡める。
つけたばかりの痕を緩く舌で撫ぜ、顔を横にしてぴたりとつけ、心臓の鼓動を耳でとらえる。
―――生きている。
「…危ねーコトじゃ、ねェよな…?」
突然の不安そうな声に、土方は驚いた。
不意に感じる、「死別」ということに対しての恐怖。
知っている。
だから、繋ぎとめておこうとしたがることも。
知っている。
けれど、どこか諦めていることも。
だから俺は、こいつの傍を離れられない。
「…只の視察だよ。なんもねェだろ」
「そっか…―――じゃ、頑張ろっかな」
「ッて、オイ、結局ソレか…よッ…」
「あー二週間かーどーすっかなー」
「…あ?」
「しばらくは右手がお友達かなー」
「…オヤジくせ…」
「俺ァまだまだピチピチだっつの。もっと痕つけとこ」
「オイ、てめ、ッ!今日は泊まってかねェぞ!」
「あーハイハイ」
銀時は楽しそうに首筋に噛み付いた。
…と、
これが一週間と少し前のお話。
土方は出張先をぶらぶらしていた。
そこは大きな市場のようなところで、他の星との貿易品などが売られて賑わっている。
見たこともない果物や機械などがひしめき、活気に溢れる町並。
その中でふと、「煙草」の文字が眼に入った。
立ち止まって商品を眺めると、見たこともない銘柄が所狭しと並んでいた。
「お兄さん」
店主が声をかけてきた。顔をあげると、にっこりと笑った。
「珍しいのがあるんだけど、どうだい」
「…珍しいの?」
「そ。煙草にしちゃあ珍しい味なんだ。買ってがないかい?」
「不味かねェだろうな」
「不味いモンなんか売らないよ。保証する」
ね?と押してくる店主。そう言われると気になってしまう。
「…一箱」
「残念、ウチはカートン売りしかしないんだ♪安くするから、さ」
店主はしてやったり、という顔で笑っていた。
―――最後に土方と会った…というかヤッたのは、一週間と少し前。
さすがに辛いもんがある。
でももう土方以外とはなにもする気が起きないのだ。
末期症状かコレ。
じゃあ捨てられたら生きていけねェなあ。
え、なに捨てられるってそんな女みてーな。
や、無理ムリ絶対むりだって。
「…あー」
無意味に声をあげてみる。
一瞬だけ静寂がまぎれただけだった。
―――駄目だ。
むく、と起き上がって机に歩み寄り、引出しを開ける。
中から取り出したのは一箱の煙草。
土方が忘れていったものである。――或いは、置いていったものか。
まあ前者だろうな、と銀時は少し笑う。
もう本数も残り少ないが、その一本を咥え、火をつける。
―――苦。
思いながらも、煙をゆっくりと肺に満たす。
吐くと部屋の中に紫煙が漂った。
ソファーにどっかりと座る彼の姿が浮かび上がる。
―――…女々しー。
滞った煙を散らすために、窓を開けた。
それから数日後。
「まいどぉー万事屋銀ちゃんでェす」
すぱん、と小気味良い音を立て、障子が開いた。突然のことに土方はぽかん、と口を開けた。
一瞬ののち、慌てて落とした煙草を拾い上げた。
「…な、てめ、どっから入ってきた!」
「え、フツーに門」
「見張りィィィィッ!!」
「…から入ろうとしたけどなんか恐そうな人がいたから塀からひょいっと」
「…テメ…良い度胸してんじゃねェか…」
不法侵入だコラ、と言いながら土方は傍らにあった刀に手を伸ばした。
しかし銀時はそちらを見ずに、しきりに部屋の中を見回している。
「オイ、何見て…」
不審に思った土方は、銀時に声をかけた。するとずい、と銀時の顔がいきなり近づいてくる。土方は慌てて後ずさり、距離をとった。
「な、なんだよ!」
「んー…」
銀時はなおも近づこうとし、土方は逃げようとする。
その腕を掴んで引き寄せ、煙草をとり、口付けた。
「ん、ッ」
舌を絡め、口内を弄る。土方はぼんやりと、ああ、そういえば二週間ぶりか、などと考えた。
その思考も、段々と蕩けていく。
「…ん」
鼻にかかる甘い声。それに気を良くして、銀時は久々の唇を堪能したあと、ゆっくりと離れた。
ほんのり顔を上気させた土方を抱きしめ、肩口に顔を埋める。
くん。
土方はびくり、と反応した。
しかもぴったりとくっついているので、その鼓動は丸分かりだ。
「どしたの」
「…何が」
「土方、バニラの匂いする」
―――苦いバニラ。
土方は黙っている。
―――どこか、甘そうな。
「土方」
―――それは、とてもとても。
「…おいしそう」
ダイレクトに鼓膜に響く声。
ふるり、と土方は震えた。
くん。
銀時はにぃ、と笑い、
ぺろり、と首筋を舐めた。
「―――テメー!!どうしてくれんだよ明日提出の書類ッ!!」
「だーかーらーごめんっつってんじゃーん。銀さん早く会いたかったんだよー」
飛ばした意識が戻り、布団の中で暴れだす土方を銀時はぎゅーぎゅーと抱きしめている。
「このッ…放せよボケ!今からやりゃあ…」
「やだぁー」
「うぜえ!!」
「だって土方いい匂いなんだもん」
「…」
土方は黙り、目を逸らした。
「久し振りに会えた恋人がさー、バニラの匂いさせてんだもん」
「…」
「押し倒すでしょ普通」
「…」
「余韻に浸りたいでしょ普通」
「…るせェ」
「良い煙草買ったねェ」
「カートンで押し付けられたんだよッ!…勿体ねェし」
プイ、とそっぽを向く。銀時はくすくす笑う。
「で、出張先でずっと吸ってたんだ?」
「…ッ」
か、と土方の顔が赤く染まる。
―――あー嬉しいねェ。
「ちっくしょ、かわいーなオメー」
「るせェ!黙れ!死ね!」
「――な、次いつ暇?」
「あァ!?」
銀時はぎゅう、と土方を抱きしめ、その黒髪に顔を埋めた。
いつもの苦い煙草と汗の匂いとは、また違う。
「その煙草がなくなっちまう前に、いっぱいシたい」
土方は小さく、
「馬鹿野郎」と呟いた。
終
ゲロ甘…
>back