大切なものは何ですか。
「自分じゃないことは確かです」
rain in the dark
ざあ
ざあ
絶える事なく降り続く雨は、
空も、心も、どんよりと沈ませて。
頭上に遮るものなど何も無いそのからだに、降り注ぐ。
泥と、
血と、
涙を洗い流す。
ざあ
ざあ
立ち上がる気力も無い彼は、その黒の隊服を雨と血と涙で濡らし、泥で汚れるのも構わずに地面に座り込んでいた。
ざあ
ざあ
生温い雨が、頬を打つ。
ざあ
ざあ
いっそ。
この雨に溶けて無くなってしまえればいいのに。
土方はそう思った。
ざあ
ざあ
「…何やってんの、オマエ」
見下ろす銀の髪。
その手には赤い傘。
土方は顔を上げない。銀時はすぐ傍まで寄り、傘で僅かながらも土方に降り注ぐ雨を遮断した。
沈黙が流れる。
「…おい?まさか死んでないよな?」
僅かに慌てた声を出し、銀時がしゃがみ込む。白の着流しが地面についた。
「…汚れんぞ」
小さく掠れた声。
銀時は少し安堵して、それでもまだ顔を上げない土方を見遣る。
「いや、だって何やってんの。多串君」
「…土方だ」
「あー、もう何でもいいから。とりあえずウチ来なさい」
風邪引いちゃうよ、と銀時が手を掴むと、土方は弱々しくその手を払った。
「…オイ?」
銀時が怪訝な目をする。
「構うな。触るな。…帰れ」
有無を言わせぬその口調に、銀時はいささかむっとした。
「…あのな…何があったか知らないけど、そんなオメー置いてけるわけねーだろ」
また、沈黙が流れる。
ざあ
ざあ
「…ったく!!」
銀時はそう吐き捨てると、ぐわ、と土方を担ぎ上げた。傘はすでに閉じて片手に持っている。
「オイっ…テメェ、止めろ!降ろせ!!」
「いやですぅー」
土方はじたばたと暴れ出す。
「馬鹿野郎!汚れるっ…!」
「だーいじょーぶー。銀さん同じ服一杯持ってるから」
銀時はからからと笑った。
そのまま雨に打たれながら歩き、万事屋まで数十歩、というところ。
「オイっ…銀髪、もういい、いいから降ろせ!」
そう言ってぐいぐいと着流しの背中を引っ張る土方に、銀時は立ち止まって答える。
「だーめですー。多串くん逃げよーとすんじゃん」
「…っ、逃げねぇよ、逃げねぇから、降ろせっ…」
「…しょーがないなぁ」
しぶしぶひょいっと降ろすと、土方の膝ががくんと折れた。銀時は慌てて支える。
「っと…危ねえな。歩けんの?」
「…ある、ける」
とても歩けるようには見えなかった。しかし抱えなおしても騒ぎそうなので、しっかりと体を支えたまま歩き出した。
「…大の大人が雨ん中お外で泥遊びアルか」
玄関で出迎えた神楽は濡れ鼠で泥まみれの二人に冷たくそう投げ掛けた。
「まあそういうな。風呂入ったか?」
「もう寝るとこアル。あと5分遅かったら鍵閉めてたところヨ」
「容赦ねえなお前」
「ちゃんと床ふいとけよ。おやすみアル」
そう言って神楽は押し入れに入って行った。
「へいへいっと…ほら、多串くん。風呂はいんなよ」
「…」
「あれ、もしかして怪我してる?」
銀時の白地の着流しに、泥とは違う赤いものがついていた。
それは確かに血だった。
しかし土方はゆっくりと首を振る。それが意味することに銀時は気がついていたが、深く聞こうとはしなかった。
「…ならいいけど。…ホラ、さっさと入れよ。俺も風邪ひいちまう」
そう言って、土方を無理矢理風呂に押し込んだ。やがて水音が聞こえてくると、銀時はじっとりと濡れてしまった服を脱いだ。
雨の中抱え上げたときに、一瞬だけ見た彼の顔は、
泣いているようにも見えた。
雨と泥と血の臭いの中で、必死に全てを洗い流すように。
ぶるっと寒気がして、銀時がくしゃみを一つしたとき。
居心地悪そうに銀時の着流しに身を包んだ土方が顔を出した。
「…あ」
ちょっと。
人がせっかくシリアスに考えごとしてるのに。
お前、ちょっと。
勘弁して。
しかも俺の着流しだよ。ああ失敗した。
「オイ…入れよ」
ぴたりと固まった銀時を不審そうに見遣り、土方が言った。
「え、あ、…うん」
わたわたと慌てて風呂に向かったと思うと、くるっと土方の方を向き、言う。
「とりあえず居間にいて。…今日は泊まってけよ」
土方は反論しようとしたが、そのまえに風呂の戸はぴしゃりと閉まった。
仕方なく、まだ濡れている頭を掻き、溜息を一つついてゆっくりと居間に入った。
銀時は烏の行水のごとく風呂から出て、体を拭くのもそこそこに居間を覗いた。
だって帰っちゃっても不思議じゃないから。
でも人の着流し着て屯所に帰るとも思えないけど。けど。
あ、いた。
…と思ったら、
ソファで寝てた。
頭をがしがしと拭きながら、静かに寝息をたてる土方に近づく。
大体気配感じて起きそうなもんだけど。
ぐっすりだった。
…良く見たら目の下に隈があった。
持ち上げたときは軽いと思った。
…ねえ。
何でそんなに頑張っちゃうの。
そんなに大切?
あの場所が、そんなに大切なわけ?
なんか、悔しくて、
ちょっと泣きそうになった。
きっとコイツは、
「当たり前だ」って言うに違いないから。
銀時は、今度はゆっくりと土方を抱えて、和室の布団に寝かせてやった。
「…ゆっくり寝ろよ」
眠る土方にそう呟き、和室から出ると、銀時は居間のソファに横になった。
終
ちょっとだけ修正…
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